1995年公開の映画『ジュマンジ』といえば、ロビン・ウィリアムズ主演のファンタジーアドベンチャー。子どもの頃に夢中になって観たという人も多いのではないでしょうか。
不思議なボードゲームを始めると、ライオンやサイ、巨大な虫たちが現実世界に飛び出してくる。そんな奇想天外な設定が、とにかく面白い映画です。
ただ、久しぶりに観直してみると、子どもの頃とは少し違った印象を受ける作品でもあります。動物たちが暴れ回る場面は相変わらず楽しいのに、主人公アランの境遇を考えると、思いがけず切なくなるんですよね。
アランは、まだ少年だった頃にゲームの世界へ閉じ込められ、26年間も家族と離れて過ごしました。やっと現実世界に戻ってきたときには、故郷の町も、家族の暮らしも、すっかり変わってしまっています。
そんなアランを演じるのが、ロビン・ウィリアムズです。彼のユーモラスな演技があるからこそ、物語が必要以上に暗くならず、最後には温かな感動が残ります。
特に印象的なのは、ゲームをクリアしたあとの結末です。父親との関係や、靴工場の従業員カールにまつわる出来事など、序盤に描かれた小さな伏線がつながっていくと、単なる冒険映画ではないことがよく分かります。
この記事では、1995年版『ジュマンジ』のあらすじから結末までをネタバレありで振り返りながら、ロビン・ウィリアムズの演技や印象的な場面について、じっくり感想をまとめていきます。ラストに込められた意味、子どもの頃に怖かった場面、SNSでの口コミ、2017年版との違いにも触れます。
ここからは映画『ジュマンジ』(1995年)の結末を含むネタバレがあります。まだ観ていない方はご注意ください。
映画『ジュマンジ』1995年版はどんな作品?
『ジュマンジ』は、1995年に公開されたアメリカのファンタジーアドベンチャー映画です。原作はクリス・ヴァン・オールズバーグによる同名の絵本。監督は『ミクロキッズ』や『ロケッティア』などを手がけたジョー・ジョンストンです。
一番の特徴は、ボードゲームで起きた出来事が、そのまま現実世界に現れるという設定でしょう。サイコロを振るたびに何が飛び出すか分からない。しかもゲームを最後まで終わらせなければ、危険な出来事は収まりません。
『ジュマンジ』の作品情報と主なキャスト
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | ジュマンジ(Jumanji) |
| 公開年 | 1995年 |
| 監督 | ジョー・ジョンストン |
| 原作 | クリス・ヴァン・オールズバーグの絵本『ジュマンジ』 |
| 主演 | ロビン・ウィリアムズ |
| 出演 | ボニー・ハント、キルスティン・ダンスト、ブラッドリー・ピアース、ジョナサン・ハイド |
| 音楽 | ジェームズ・ホーナー |
| 上映時間 | 約104分 |
| ジャンル | ファンタジー、アドベンチャー、ファミリー |
主人公アラン・パリッシュを演じるのは、ロビン・ウィリアムズです。『ミセス・ダウト』や『フック』でもおなじみの俳優ですが、本作ではコミカルな演技だけでなく、家族を失った寂しさや少年時代の傷を抱えた男性の姿も見せてくれます。
幼なじみのサラを演じるのはボニー・ハント。ジュディ役にはキルスティン・ダンスト、弟のピーター役にはブラッドリー・ピアースが出演しています。
そしてアランの父親サム・パリッシュと、恐ろしいハンターのヴァン・ペルトをジョナサン・ハイドが一人二役で演じています。この配役は、後半の考察でも触れたいポイントです。
危険なボードゲームが現実を変えてしまう物語
『ジュマンジ』の基本的なルールは、とてもシンプルです。プレイヤーがサイコロを振ると駒が進み、ゲーム盤に不思議なメッセージが表示されます。そして、そのメッセージに書かれた出来事が現実に起こるのです。
ライオンが家の中に現れたり、巨大な蚊が人を襲ったり、植物が異常な速さで成長したり。普通のボードゲームなら笑って済ませられる出来事が、実際に命の危険を伴う形で起こってしまいます。
しかも一度始めたゲームを途中でやめても、それまでに起きた異常現象は簡単には消えません。だからこそプレイヤーたちは、怖くてもサイコロを振り続けるしかないんですね。
子どもの頃、家にあるボードゲームを遊びながら、もし本当にゲームの中の出来事が起きたらどうなるだろう、と想像したことがある人もいるかもしれません。『ジュマンジ』は、そんな空想を思い切り膨らませたような映画です。
ただし楽しそうな冒険だけでは終わらないところが、この作品らしさでもあります。
『ジュマンジ』のあらすじをネタバレありで詳しく解説
物語は1869年から始まり、1969年、1995年へと時代をまたいで進みます。一見するとゲームによって次々に起こる騒動を楽しむ映画ですが、序盤の出来事がラストにつながっているのも見どころです。
特にアランと父親のすれ違いや、靴工場の従業員カールとの出来事は、結末を理解するうえで欠かせません。順番に振り返っていくと、最後の展開がより心に響いてきます。
1869年:二人の少年が不思議なゲームを埋める
映画は1869年の夜から始まります。二人の少年が、何かにおびえながら木製の箱を地面に埋めようとしています。箱の中に入っているのは、後にアランが発見するボードゲーム『ジュマンジ』です。
少年たちは、二度と誰にも見つけられないことを願うようにゲームを土の中へ封印します。ところが100年後には、再び発見されることになります。
この冒頭が面白いのは、ゲームがどこから来たのか分からないところです。誰が作ったのか、なぜ不思議な力を持っているのか。そうした説明はほとんどありません。
それでも100年以上前の人々が恐れていたというだけで、ただの遊び道具ではないことが伝わってきます。後半を知ってから観直すと、この短い冒頭にも不気味な余韻がありますね。
1969年:いじめられっ子のアランがゲームを発見する
時代は1969年へ移ります。主人公のアラン・パリッシュは、裕福な家庭に育った少年です。父親のサムは靴工場を経営していますが、アランは学校でいじめられ、家でも父親とうまくいっていません。
サムは息子に強く立派な人間になってほしいと願っています。ただ、その気持ちがアランにはなかなか伝わりません。アランにとって父親は、自分の弱さを理解してくれない、怖い存在でもありました。
そんなある日、アランは父親の靴工場で、従業員のカール・ベントレーと会います。カールは新しい靴を開発しており、アランにも親しく接してくれる人物です。
ところがアランは、カールが開発した大切な試作品の靴を、誤って機械に巻き込んで壊してしまいます。本当なら、自分がやったことを正直に話せばよかったのでしょう。
でも父親に叱られるのが怖かったアランは、何も言い出せません。結果としてカールが責任を負わされ、工場を解雇されてしまいます。
この場面は最初に観たときには小さな出来事に思えるかもしれません。けれどもアランの性格や父親との関係を表している、かなり大切なシーンです。
その後アランは工事現場の近くで、不思議な太鼓の音を耳にします。音に引き寄せられるように地面を探すと、古い木製の箱を発見します。箱には『JUMANJI』という文字が刻まれていました。
アランは、それがどれほど危険なゲームなのかも知らず、自宅に持ち帰ってしまうのです。
父親との口論のあと、アランはジャングルへ消えてしまう
その日の夜、アランは父親と進学先をめぐって口論になります。父親はアランを寄宿学校へ通わせようとしていますが、アランはどうしても納得できません。
自分の気持ちを分かってもらえないことに腹を立て、家を出ようとします。そこへやって来たのが、幼なじみのサラです。サラは、いじめっ子たちに奪われたアランの自転車を返しに来てくれました。
アランは彼女に、見つけたばかりのボードゲームを見せます。二人がサイコロを振ると、ゲーム盤に不思議なメッセージが現れ、家の中で奇妙な出来事が起こり始めます。
そしてアランがサイコロを振った瞬間、彼はゲームの中に吸い込まれてしまいます。ジャングルに閉じ込められたアランを解放するには、ゲームを続けなければなりません。
しかしサラは、目の前で友人が突然消えたことに恐怖を感じ、現れたコウモリの大群から逃げ出してしまいます。こうしてゲームは途中で止まり、アランは行方不明になってしまいました。
ここで何とも切ないのが、アランが父親と仲直りできないまま消えてしまったことです。家を出たいと思っていた少年が、今度は帰りたくても帰れない状況になってしまう。この皮肉な展開が後半の物語につながっていきます。
1995年:ジュディとピーターがゲームを再開する
それから26年後の1995年。かつてパリッシュ家が暮らしていた屋敷に、ジュディとピーターという姉弟が引っ越してきます。二人は両親を事故で亡くし、叔母に引き取られていました。
新しい生活にまだ慣れないある日、姉弟は家の中から聞こえてくる不思議な太鼓の音に気づきます。音のする場所を探していくと、屋根裏部屋で古びたボードゲームを発見します。
それが、26年前にアランが始めた『ジュマンジ』でした。何も知らない二人は、さっそくゲームを始めてしまいます。
すると巨大な蚊が現れたり、凶暴なサルが家の中へ飛び出してきたりと、信じられないことが起こり始めます。そしてピーターがサイコロを振ったことで、長い間ジャングルに閉じ込められていたアランが解放されます。
ここでロビン・ウィリアムズ演じる大人のアランが登場します。長い髪とひげを生やし、ジャングルでの生活がすっかり身についている姿は、まるで別世界から来た人のようです。
ただアランにとっては、ようやく故郷に帰ってこられた瞬間でもあります。主人公が登場したワクワク感と、26年間も一人で生きてきたのだという切なさが、一緒に押し寄せてくるんですよね。
アランが父親の死を知る場面はかなり切ない
現実世界に戻ったアランは、自分が暮らしていた町が大きく変わっていることに驚きます。かつて父親が経営していた靴工場は閉鎖され、町にも以前の活気がありません。
そしてアランは、自分が行方不明になったあと、父親が長い間捜索を続けていたことを知ります。さらに両親がすでに亡くなっていることも分かります。
この場面で胸が苦しくなるのは、アランが父親の愛情に気づくのが遅すぎたことです。少年時代には父親のことを、自分の気持ちを理解してくれない人だと思っていました。
でも父親は息子の帰りを信じて探し続けていたのです。その事実を知ったときには、もう会うことができません。
アランは26年間もジャングルで生き延び、ようやく家に帰ってきました。それなのに、帰りたかった家族はもういない。冒険映画の途中で描かれるには、ずいぶん切ない出来事です。
ロビン・ウィリアムズの演技も、この場面ではいつもの明るさとは少し違います。大げさに悲しみを表すのではなく、アランの中に残っている少年の寂しさが伝わってくるんです。
サラとの再会で、危険なゲームが再び動き出す
アランたちは、ゲームを最後まで終わらせるには、1969年に一緒に遊んでいたサラも必要だと気づきます。そこで大人になったサラを探し出しますが、彼女は26年前の出来事を今も引きずっていました。
目の前で友人が突然消えたという体験をしても、周囲には信じてもらえなかったのです。サラにとって『ジュマンジ』は、できれば二度と思い出したくない存在でした。
それでもアランが生きて戻ったことを知り、彼女は再びゲームと向き合うことになります。ここからは、さらに大騒ぎです。サイコロを振るたびに、次々と危険が現れます。
- アランをしつこく追いかけるハンター、ヴァン・ペルト
- 町中を走り回るサイやゾウなどの動物の大群
- 人間を捕らえようとする危険な植物
- 家の中に押し寄せる大量の水とワニ
- 大きなクモや、屋敷を壊してしまう異常現象
どれも普通なら命に関わる大事件です。それなのにゲームは一向に終わりません。しかもサイコロを振らなければ先へ進めないので、四人は怖くてもゲームを続けることになります。
この理不尽さが、『ジュマンジ』ならではの面白さですね。
ピーターが反則してサルになる場面も忘れられない
ゲームの途中で、ピーターは早く終わらせたいあまり、不正をしてしまいます。ところが『ジュマンジ』は、そんな反則を見逃してくれません。
罰としてピーターの体には、サルのような特徴が現れ始めます。この場面は少し笑えるのですが、よく考えるとかなり怖いですよね。ゲームのルールを破っただけで、自分の体まで変わってしまうのですから。
ただピーターを責める気持ちにはなれません。まだ幼い子どもなのに、猛獣や巨大な虫に追いかけられ、いつ命を落としてもおかしくない状況が続いています。
怖くなって早く終わらせようとしてしまうのも無理はないでしょう。ここで思い出すのが、少年時代のアランです。
アランも父親に叱られることを恐れて、自分の失敗を隠してしまいました。大人になったアランがピーターと接する姿には、かつての自分と向き合っているような印象もあります。
二人の関係をそんなふうに見てみると、ただのドタバタ騒ぎにも少し違った意味が感じられます。
最後のサイコロでアランがゲームを終わらせる
物語の終盤では、屋敷がゲームによる異常現象で崩壊寸前になります。危険な植物や巨大なクモが現れ、家は激しく壊されていきます。
そんな中、アランは最後のサイコロを振る機会を迎えます。ところが目の前には、銃を持ったヴァン・ペルトが立ちはだかっています。アランに狙いを定め、最後まで仕留めようとするヴァン・ペルト。
絶体絶命の状況ですが、アランはサイコロを振ります。そして駒が最後のマスに到達し、アランが「ジュマンジ」と告げると、ゲームが終了します。
その瞬間、現実世界に飛び出していた動物や植物、ハンターたちが、次々とゲームの中へ吸い込まれていきます。家や町に起きた異常現象も消えていき、すべてが元に戻っていきます。
ところが、ここで思いがけないことが起こります。アランとサラが、1969年の夜へ戻っていたのです。
二人はゲームを始めた頃の少年少女の姿に戻っています。でも、26年間に経験した出来事は覚えたままでした。
結末:アランは父親と和解し、失った人生を取り戻す
1969年に戻ったアランは、父親がまだ生きていることを知ります。そして父親の姿を見つけると、思わず駆け寄って抱きつきます。
父親にとっては、つい先ほどまで口論していた息子です。でもアランにとっては26年ぶりの再会でした。この時間のずれを考えると、何気ない抱擁がとても感動的に見えてきます。
アランは父親に謝り、父親も息子に謝ります。そして寄宿学校への進学についても、改めて話し合うことになります。
さらにアランは、靴工場でカールの試作品を壊したのが自分だったと、正直に打ち明けます。以前のアランなら、きっと怖くて言い出せなかったでしょう。
でも26年間の冒険を経験した今のアランは、きちんと自分の過ちを認められるようになっていました。そのおかげでカールが不当に解雇される未来も変わります。
ゲームをクリアしたことで時間が戻っただけではなく、アラン自身が少し成長していることが分かる場面です。その後、アランとサラは『ジュマンジ』を再び誰かが遊ばないように、川へ捨てます。
そして二人は、ようやく普通の人生を歩み始めるのです。
ラストの1995年では、アランとサラが幸せに暮らしている
場面は再び1995年へ移ります。ただし、そこにあるのは以前とは違う世界です。
大人になったアランとサラは結婚しており、サラは第一子を妊娠しています。アランは父親の靴工場を引き継ぎ、カールもそこで働き続けています。アランの両親も健在です。
以前の時間の流れでは、アランは26年間をジャングルで過ごし、家族との時間を失ってしまいました。でも今度は父親とともに成長し、仕事を引き継ぎ、自分自身も家庭を築こうとしています。
この変化を見ると、素直によかったなと思えます。さらにクリスマスの集まりには、ジュディとピーターが両親と一緒に訪れます。
以前の世界では、二人の両親はスキー旅行中の事故で亡くなっていました。しかし、アランとサラはそのことを覚えています。そこで、二人の両親が事故につながる旅行へ出かけないよう、さりげなく働きかけます。
ジュディとピーターには、アランたちと冒険した記憶がありません。それでも二人が幸せに暮らしていることが、アランとサラには何よりうれしいのでしょう。
そして最後には、川へ捨てたはずのゲームが海辺に流れ着き、再び太鼓の音が響きます。アランたちの冒険は終わったけれど、『ジュマンジ』そのものの物語は、まだ続いていくのかもしれません。
『ジュマンジ』の感想|ロビン・ウィリアムズの演技がやっぱり素晴らしい
『ジュマンジ』の魅力を一つだけ挙げるなら、やはりロビン・ウィリアムズの存在は外せません。物語はとてもにぎやかで、動物が暴れ回ったり、家が壊れたり、次から次へと大変なことが起こります。
それなのに観終わったあとに思い出すのは、アランの少し寂しそうな表情だったりするんですよね。ロビン・ウィリアムズが演じているからこそ、派手な冒険の中にも人間らしい温かさがあります。
26年間ジャングルで暮らしたアランの孤独が胸に残る
アランの境遇を改めて考えると、かなり過酷です。まだ少年だった頃に突然ジャングルへ放り込まれ、誰にも助けてもらえないまま26年間を過ごしています。
家族にも会えず、友達と遊ぶこともできず、学校に通うこともできません。普通なら少しずつ経験していくはずの青春時代を、ほとんど知らないまま大人になってしまったのです。
だからこそ現実世界へ戻ってきたアランには、どこか不思議な雰囲気があります。ジャングルで生き延びてきた経験があるので、危険な動物への対応は頼もしいものです。
ところが人との会話や日常生活では、少年のような不器用さが顔を出します。体は大人になっても、心の中には家族に会いたかった少年が残っているのでしょう。
ロビン・ウィリアムズは、そんなアランの複雑な姿を自然に演じています。強い大人として振る舞っているのに、ときどき心細さが見える。そのバランスがとてもいいんです。
特に父親が自分を探し続けていたことを知る場面には、何ともいえない切なさがあります。子どもの頃に観たときは、早くゲームを終わらせてほしいと思っていた場面でも、大人になって観るとアランの気持ちを考えてしまいます。
26年ぶりに帰ってきたのに、父親へ「ただいま」と言うことさえできない。そんな人生を想像すると、冒険の裏側にある悲しみが伝わってきます。
笑わせる場面と悲しい場面の切り替えが自然
ロビン・ウィリアムズといえば、やはりユーモアのある演技が魅力です。『ジュマンジ』でも、慌ただしい場面での反応や、子どもたちとの会話には思わず笑ってしまうところがあります。
特に面白いのは、アランがジャングルでは頼もしいのに、普通の社会生活では戸惑ってしまうところです。危険な動物を相手にするときは落ち着いているのに、現代の町の変化には驚いてしまう。
このギャップが、アランのキャラクターを親しみやすいものにしています。ただ、ロビン・ウィリアムズの演技は面白いだけではありません。
さっきまで笑わせていたかと思うと、次の場面ではアランの寂しさが伝わってくることがあります。その切り替えがとても自然なんです。
無理に泣かせようとするのではなく、人物の気持ちに沿って表情や声の雰囲気が変わるので、観ている側もすんなり受け止められます。
『ジュマンジ』は冒険、コメディ、少しのホラー、家族ドラマが混ざった作品です。普通なら雰囲気がばらばらになりそうですが、ロビン・ウィリアムズの演技が、その間をうまくつないでいるように感じます。
ジュディとピーターを守るアランの姿が温かい
アランとジュディ、ピーターの関係も好きなところです。最初のアランは、子どもたちとどう接していいのか分からない様子を見せます。
それも無理はありません。彼は長い間ジャングルで暮らしてきたので、普通の大人のように子どもと接する経験がほとんどなかったはずです。
それでも危険が迫ると二人を守ろうとします。ジャングルで身につけた知識を使いながら、何とかみんなで生き延びようとする姿が頼もしいんですよね。
一方でジュディとピーターも、アランを変えていきます。二人は両親を亡くした子どもたちです。アランも長い時間を家族と離れて過ごしてきました。
それぞれ違った形で家族を失っている三人が、冒険を通して少しずつ心を通わせていきます。この関係には、血のつながりとは別の家族のような温かさがあります。
特にアランがピーターと接するときには、自分の少年時代を重ねているようにも見えます。失敗したり、怖くなったり、つい無理をしてしまったり。
ピーターのそんな姿は、父親に叱られるのを恐れていた少年アランと、どこか似ています。だからこそアランが子どもたちを守ることは、自分自身の過去と向き合うことにもつながっているのかもしれません。
サラとの掛け合いには安心感がある
ボニー・ハント演じるサラとの関係も、『ジュマンジ』のいいところです。アランとサラは幼なじみですが、26年間の空白があります。
しかも、その間に二人が経験したことはまったく違います。アランはジャングルで生き抜いてきましたが、サラは現実世界で不可解な事件の記憶に苦しんできました。
再会したからといって、すぐに以前の関係へ戻れるわけではありません。サラはゲームを再開することに強い抵抗を感じていますし、アランも自分の状況をうまく整理できていません。
そんな二人のやり取りには少しぎこちなさがあります。でも、そのぎこちなさが何だか微笑ましいんです。
ロビン・ウィリアムズの勢いのある演技に対して、ボニー・ハントが自然な反応を返すので、会話のテンポも心地よく感じられます。
二人はただの恋愛相手というだけではありません。ほかの誰にも理解してもらえなかった経験を、唯一共有できる相手でもあります。
だからこそラストで夫婦になっている姿を見ると、ようやく落ち着ける場所を見つけたように感じられます。失われた時間を取り戻した二人が、今度は一緒に未来を歩んでいく。そんな結末がよく似合う二人だと思います。
キルスティン・ダンストら子役の自然な演技も見どころ
ロビン・ウィリアムズの印象が強い作品ですが、ジュディ役のキルスティン・ダンストと、ピーター役のブラッドリー・ピアースもいい演技を見せています。
ジュディは弟を守ろうとするしっかり者のお姉ちゃんです。ただ、いつも冷静でいられるわけではありません。怖いものは怖いし、突然起こる異常な出来事には当然驚いてしまいます。
そうした子どもらしい反応が自然なので、観ている側も一緒に怖くなったり、ハラハラしたりできます。
一方のピーターは少しおとなしい性格ですが、思い切った行動を見せることもあります。反則してサルのようになってしまう場面は、その未熟さがよく表れていますね。
二人とも完璧な子どもとしては描かれていません。間違えたり、怖がったり、強がったりしながら冒険を続けます。その等身大の姿が、映画をより親しみやすいものにしているのでしょう。
父親に抱きつくラストは何度観ても感動する
『ジュマンジ』で最も心に残るのは、やはりアランが父親と再会する場面です。それまでの物語では、ライオンやサイ、ヴァン・ペルトなど、さまざまな危険から逃げ続けてきました。
でも最後にアランが本当に求めていたのは、父親と仲直りすることだったのかもしれません。26年後の世界で父親の死を知ったとき、アランはもう何も伝えられないと思っていたはずです。
それなのにゲームをクリアすると1969年へ戻り、父親が目の前に現れます。あの瞬間のうれしさは、きっと言葉にならなかったでしょう。
父親にとっては、つい先ほど口論したばかりの息子です。でもアランにとっては、26年間会いたかった父親なんですよね。
そう思いながら観ると、抱きつく姿が本当に切なくて、温かいです。しかもアランは、ただ父親に甘えるだけではありません。自分が靴を壊したことも正直に打ち明けます。
父親への恐怖を乗り越え、きちんと向き合えるようになったことが分かります。
『ジュマンジ』は、ジャングルから脱出する物語であると同時に、少年がもう一度父親のもとへ帰る物語でもあるんですね。
『ジュマンジ』の結末とラストの伏線を考察
『ジュマンジ』のラストは、時間が巻き戻ることで、アランたちが幸せな未来を取り戻す展開です。初めて観たときには、ずいぶん都合のいい結末に感じるかもしれません。
でも序盤から描かれてきたアランの行動や、周囲の人々との関係を振り返ると、ただ時間が戻っただけではないことが分かります。
特にカールの靴、父親とヴァン・ペルトの関係、ジュディとピーターの両親については、改めて考えてみたいところです。
靴工場のカールはアランの成長を示す大切な存在
物語の序盤でアランは、カールの大切な試作品を壊してしまいます。それなのに父親に叱られることを恐れて黙っていたため、カールが責任を負わされてしまいました。
この出来事は少年アランの弱さをよく表しています。アランは悪いことをしようと思っていたわけではありません。ただ、自分が怒られるのが怖くて真実を言い出せなかったのです。
でも、その小さな弱さが他人の人生を大きく変えてしまいました。26年後の世界では、カールは警察官になっています。
警察官という仕事が悪いわけではありませんが、少なくとも彼が思い描いていた靴作りの未来は、あの出来事によって変わってしまったのでしょう。
そしてラスト。1969年へ戻ったアランは、父親に自分が靴を壊したことを正直に話します。そのおかげでカールが不当に解雇される未来も変わります。
ここが好きなんです。アランは、ただ自分の幸せだけを取り戻したわけではありません。以前の自分が傷つけてしまった人の人生も、少しずつ正していきます。
最後のクリスマスパーティーでカールが登場することにも、ちゃんと意味があるんですね。
父親とヴァン・ペルトが同じ俳優なのは偶然ではなさそう
『ジュマンジ』を観ていて気づきたいのが、アランの父親サムと、恐ろしいハンターのヴァン・ペルトを、同じ俳優ジョナサン・ハイドが演じていることです。
父親のサムは、アランに強くなることを求める厳格な人物です。一方、ヴァン・ペルトはアランを獲物として追い続ける、恐ろしいハンターです。
もちろん二人は物語の中では別人です。父親がヴァン・ペルトに変身したというわけでもありません。それでも少年アランの目線で考えてみると、二人には共通するところがあります。
どちらもアランにとって怖くて、なかなか立ち向かえない大人なのです。そのためヴァン・ペルトを、アランが抱えている父親への恐怖の象徴として受け取ることもできます。
父親に認められたいのに、いつも萎縮してしまうアラン。そんな彼を、父親と同じ顔をしたハンターが追いかけてきます。
そして最後には、そのハンターと向き合いながらアランがゲームを終わらせます。この流れを見ると、単に悪役に勝つだけでなく、少年時代から抱えていた恐怖を乗り越える場面にも見えてきます。
ヴァン・ペルトが父親の化身だと、映画の中で明言されているわけではありません。ここでの説明は、一人二役という配役と物語から読み取れる考察です。
なぜアランとサラだけが26年間の記憶を持っているのか?
ゲームが終了すると、アランとサラは1969年へ戻ります。二人とも少年少女の姿に戻っていますが、冒険の記憶は残っています。
一方ラストで再会するジュディとピーターには、以前の冒険の記憶がありません。この違いは、少し不思議ですよね。
映画では、なぜアランとサラだけが記憶を持ち続けているのか、細かい仕組みまでは説明されていません。ただ物語として考えると、記憶が残っていることには意味があります。
もしアランが何も覚えていなかったら、父親との関係も以前のままだったかもしれません。カールに関する過ちも、再び隠してしまった可能性があります。
でもアランは26年間の経験を覚えています。だからこそ同じ失敗を繰り返さず、人生をやり直せるのです。
サラもまた以前の出来事を覚えているからこそ、アランと心を通わせることができます。時間は巻き戻っても、経験によって成長した気持ちは残っている。そんな物語上の仕組みとして受け止めると自然に感じられます。
なお映画ではサラが、大人だった頃の感覚が薄れ始めているように話す場面もあります。記憶の残り方については、あえて曖昧にしている部分もあるのでしょう。
ジュディとピーターの両親が生きているのはなぜ?
ラストでジュディとピーターが両親と一緒に登場する場面も印象的です。以前の1995年では、二人の両親はスキー旅行中の事故で亡くなっていました。
だからこそ姉弟は叔母に引き取られ、パリッシュ家の屋敷へ引っ越してきたのです。しかしゲームが終了したことで、アランとサラは1969年へ戻りました。
その後の人生が変わり、新しい1995年では、ジュディとピーターの両親が生きています。アランとサラは以前の時間を覚えているので、事故につながるスキー旅行を避けられるように働きかけます。
ここには、ちょっと素敵なつながりがあります。もともとジュディとピーターがゲームを見つけなければ、アランはジャングルから帰ってこられませんでした。
そしてアランたちがゲームの記憶を持っていなければ、姉弟の両親を救うこともできなかったでしょう。四人がお互いを助けたことが、最後にはそれぞれの家族の幸せにつながっているのです。
ジュディとピーターには冒険の記憶がありません。それは少し寂しいことかもしれませんが、二人が両親と笑顔で暮らしている姿を見られるだけで、十分に救われた気持ちになります。
アランとサラに子どもができるラストにも意味がある
映画のラストではアランとサラが結婚しているだけでなく、第一子の誕生を控えていることも分かります。この描写も、親子の物語として見ると感慨深いものがあります。
アランは少年時代、父親との関係に悩んでいました。父親が自分を愛してくれていることに気づけないまま、26年間を失ってしまいます。
でもゲームをクリアしたことで父親と仲直りし、その後は家族と一緒に成長することができました。そして今度はアラン自身が父親になろうとしています。
この流れがとても温かいんですよね。かつて父親の愛情を求めていた少年が、今度は自分の子どもへ愛情を注ぐ立場になる。
映画の中ではそこまで説明されませんが、そんな未来を想像したくなる結末です。父親とのすれ違いに苦しんだアランだからこそ、自分の子どもとは気持ちを伝え合える関係を築いてほしいと思います。
最後にジュマンジの太鼓が鳴るのはなぜ?
物語の最後では、川へ捨てられたはずの『ジュマンジ』が海辺に流れ着きます。そして再び、あの不思議な太鼓の音が聞こえてきます。
この場面は少しゾッとしますよね。アランたちはあれだけ苦労してゲームを終わらせたのに、ゲームそのものは消えていないのです。
冒頭では1869年の少年たちがゲームを地中へ埋めていました。でも100年後にはアランが発見してしまいました。そしてラストでも、同じように新しい誰かがゲームを見つけそうになります。
『ジュマンジ』は人間がどれほど危険だと知っていても、完全には封印できない存在なのかもしれません。またこの終わり方には、未知のものへの好奇心というテーマも感じられます。
アランもジュディとピーターも、太鼓の音に誘われてゲームを見つけました。危険だと知らなければ、誰だって不思議なゲームに興味を持ってしまいそうです。そんな好奇心が、次の冒険を呼び寄せるのでしょう。
『ジュマンジ』は怖い?子どもの頃に印象に残ったシーン
『ジュマンジ』は家族向けの冒険映画ですが、意外と怖い場面が多い作品です。特に小さな子どもが観ると、巨大な虫やハンターの追跡に驚いてしまうかもしれません。
ただこの怖さも作品の魅力の一つだと思います。ゲームの危険を本気で描いているからこそ、登場人物たちが無事に乗り越えたときの安心感も大きくなるんですよね。
巨大な蚊やクモは今観ても気味が悪い
『ジュマンジ』の怖い場面としてまず思い浮かぶのが、巨大な昆虫たちです。現実では考えられないほど大きな蚊が飛び回り、人間を襲ってくる光景は、今観ても不気味です。
ライオンやサイも危険ですが、虫にはまた違った怖さがあります。大きな体に細い脚、何をしてくるか分からない動き。虫が苦手な人にとっては、動物たちの大群よりも怖く感じられるかもしれません。
巨大なクモが登場する場面も、なかなかの迫力です。しかもこうした生き物が現れるのは、ジャングルではなく普通の家の中です。
本来なら安全なはずの場所が、突然危険な空間になってしまう。この日常と非日常の組み合わせが、『ジュマンジ』の怖さを生んでいるのでしょう。
ヴァン・ペルトは動物たちより怖いかもしれない
特に怖く感じるのがヴァン・ペルトです。ライオンやサイは本能に従って行動していますが、ヴァン・ペルトはアランを狙って追いかけてきます。しかも銃まで持っています。
どこへ逃げても追ってくるので、ただの冒険映画というより、サスペンス映画のような緊張感があります。さらに不気味なのが、ヴァン・ペルトの存在がゲームの外でも普通に通用していることです。
現実の町を歩き回り、武器を手に入れ、アランを追跡します。ゲームから現れた存在なのに、現実世界でここまで行動できてしまうところが怖いんですよね。
また父親と同じ俳優が演じていることを知ると、心理的な不気味さも感じられます。単なる恐ろしいハンターではなく、アランが抱えている過去の恐怖まで思い出させる存在です。
サルのCGは古いけれど独特の味がある
1995年公開の作品なので、現在のCG映画と比べると映像に古さを感じる部分もあります。特にサルの描写は、今観ると少し不自然です。
顔の表情や動きにCGらしさが残っているので、人によっては気になってしまうでしょう。共有されたXの感想でも、動物の描写は好きだけれど、サルのCGだけは気になるという意見がありました。
この点は無理に褒めなくてもいいと思います。現在の映像技術と比べれば、どうしても見劣りする部分があります。
ただ、その一方で1995年版には、当時の特殊効果ならではの面白さがあります。実物のセットや撮影上の工夫にCGを組み合わせているため、場面によっては独特の手触りを感じられます。
特に家の中で植物が暴れたり、動物たちが建物を壊したりする場面には、今でも迫力があります。何もかもがリアルというわけではありませんが、それも含めて1990年代の冒険映画らしい雰囲気がありますね。
子どもと観るなら怖い場面には少し注意
『ジュマンジ』は家族で楽しめる映画ですが、怖がりな子どもには少し刺激が強いかもしれません。特に次のような場面があります。
- 巨大な蚊やクモなど、不気味な虫が襲ってくる
- ライオンやサイ、ゾウなどの動物が暴れ回る
- ハンターが銃を持ってアランを追いかける
- ピーターの体がサルのように変化する
- 家が壊れ、登場人物たちが危険な目に遭う
残酷な描写が中心のホラー映画ではありませんが、登場人物たちは本気で怖がっています。だからこそ観ている子どもも怖くなってしまうことがあります。
小さな子どもと一緒に観るなら、反応を見ながら、必要に応じて一時停止してあげるとよさそうです。一方、少し怖い冒険が好きな子どもには、とても楽しい作品だと思います。
怖い場面でハラハラして、面白い場面で笑って、最後には温かい気持ちになれる。そのバランスが『ジュマンジ』らしいところです。
『ジュマンジ』の口コミ・評価は?今も愛されている理由
1995年版『ジュマンジ』は、公開から30年以上が経った今でも、思い出の映画として語られることが多い作品です。Xでも子どもの頃によく観ていたという感想や、久しぶりに観直して面白さを再発見したという声が見られます。
特にロビン・ウィリアムズへの愛着は強く、彼が出演しているからこそ好きだという反応も印象的です。ただし公開当時からすべての批評家に高く評価されていたわけではありません。
Xではロビン・ウィリアムズへの愛着を感じる声が多い
共有されたXのリサーチメモでは、ロビン・ウィリアムズの演技を高く評価する感想が目立っていました。特に多いのが、演技の上手さだけでなく、彼の温かい雰囲気が好きだという意見です。
『ジュマンジ』のアランは、決して完璧な主人公ではありません。強くて頼もしいところもありますが、どこか不器用で、少年時代の傷を抱えています。
そんな人物をロビン・ウィリアムズが演じると、不思議と親しみやすく感じられます。笑わせてくれる場面もあれば、ふとした表情に寂しさを感じる場面もあります。
その両方が自然だからこそ、何度観ても飽きないのかもしれません。またロビン・ウィリアムズの出演作を好んで観ている人にとっては、『ジュマンジ』も特別な一本なのでしょう。
『ミセス・ダウト』や『フック』などと並んで、子どもの頃の思い出に残っているという受け止め方もできそうです。
ここで紹介しているXの声は、共有されたリサーチメモに基づく感想の傾向です。Xの全投稿を集計したものではないため、好意的な意見の割合までは分かりません。
子どもの頃の思い出として語られることが多い
『ジュマンジ』の感想でよく見られるのが、懐かしさを感じる声です。子どもの頃に家族と一緒に観た、テレビで何度も観た、怖かったけれど大好きだった。そんな思い出と結びついている作品なんですね。
その理由は、ゲームという身近な遊びが題材になっていることにもありそうです。ボードゲームで遊んだ経験がある子どもなら、サイコロを振るという行動には親しみがあります。
だからこそ、サイコロを振っただけで本物のライオンが現れるという設定は、想像力を刺激します。自分の家にあるゲームからも、何か飛び出してきたらどうしよう。そんな空想をしたくなる面白さがあります。
しかも『ジュマンジ』は楽しいだけではありません。巨大な虫やハンターが本気で怖いからこそ、強く記憶に残るのでしょう。
子どもの頃に怖かった映画を、大人になって懐かしく思い出す。その感覚も、この映画が長く愛される理由の一つだと思います。
大人になって観ると父と息子の物語が心に響く
再鑑賞したときの印象が変わりやすいことも、『ジュマンジ』の魅力です。子どもの頃は次に何が飛び出すのかが気になって、ゲームの展開に夢中になっていたかもしれません。
でも大人になって観ると、アランと父親の関係が気になってきます。父親は息子に強くなってほしいと願っていますが、アランはその期待が重荷になっています。
お互いに大切に思っているのに、気持ちをうまく伝えられない。そんな親子のすれ違いは、決して珍しいものではないでしょう。
そしてアランは父親との関係を修復できないまま、26年間を失ってしまいます。最後にもう一度やり直す機会を得られることが、どれほど幸せなことなのか。
大人になってからの方が、その意味を深く感じられるかもしれません。共有されたリサーチメモにも、父と息子の物語として感動したという感想がありました。
確かに冒険映画として観ても十分面白いのですが、家族の物語として観ると、また違った魅力が見えてきますね。
Rotten Tomatoesでは意外にも評価が分かれている
『ジュマンジ』は、思い出の名作として親しまれている一方、批評家から一様に絶賛されているわけではありません。Rotten Tomatoesでは、特殊効果の楽しさを評価する一方で、脚本には物足りなさがあるという見方も紹介されています。
確かに『ジュマンジ』は、緻密な謎解きや複雑なストーリーを楽しむ作品ではありません。サイコロを振ると危険が現れ、それを乗り越えるとまた次の危険が現れます。
その繰り返しなので、人によっては少し単調に感じるかもしれません。またゲームの仕組みも詳しく説明されません。なぜゲームが存在するのか、どこから魔力が生まれているのか、といった部分は謎のままです。
ただ、そうした説明の少なさが不気味さにつながっているとも感じます。ゲームの正体が分からないからこそ、次に何が起こるのか予想できないんですよね。
Rotten Tomatoesに掲載される批評家・観客の肯定率は随時変わる可能性があります。掲載時に公式ページ(https://www.rottentomatoes.com/m/1068044-jumanji)で最新の数字を確認してください。肯定率は平均点ではありません。
公開から長い時間が経ったあとも、評価について語り直されているのは、それだけ多くの人の記憶に残っているからなのでしょう。
『ジュマンジ』がつまらないと感じる人の意見も分かる
ここまで作品の魅力を紹介してきましたが、気になる点がないわけではありません。まず映像の古さはどうしても感じます。特にサルのCGは、現代の映画と比べると不自然です。
動物たちの動きにリアリティを求める人なら、気になってしまうでしょう。また中盤は動物や植物による騒動が続くため、少し慌ただしく感じる場面もあります。
アランとサラの関係や、ジュディとピーターの心情を、もう少し丁寧に描いてほしかったと思う人もいるかもしれません。そして時間が巻き戻るラストについても、都合がよすぎると感じる可能性があります。
それまでの危険な出来事が一気に解決してしまうので、物語の理屈を細かく考えたい人には物足りない部分がありそうです。
ただ、個人的にはこの映画はそうした部分も含めて楽しめる作品だと思います。次々と起こる予測不能な出来事にワクワクして、登場人物を応援しながら観る。そして最後には温かい気持ちになる。
その映画体験が『ジュマンジ』の魅力なのでしょう。細かな設定や映像のリアリティを重視する人よりも、冒険の楽しさや登場人物の魅力を味わいたい人に向いている作品ですね。
ロビン・ウィリアムズ版『ジュマンジ』と2017年版の違い
『ジュマンジ』といえば、ロビン・ウィリアムズ主演の1995年版だけでなく、ドウェイン・ジョンソン主演の2017年版も人気があります。ただ同じシリーズとはいえ、二つの作品はかなり雰囲気が違います。
1995年版が好きな人の中には、2017年版も楽しめたけれど、やっぱりオリジナルが好きだと感じる人もいるようです。どちらにも良さがあるので、その違いを見ていきましょう。
1995年版は現実世界にジャングルが飛び出してくる
1995年版の特徴は、ゲームの中の出来事が現実世界に現れることです。家の中にライオンが出てきたり、町をサイやゾウが走り回ったり。普段の生活空間が突然危険な場所に変わってしまいます。
だからこそ冒険には独特の緊張感があります。また主人公アランの物語には、家族との関係が深く関わっています。
26年間も失った時間を取り戻し、父親と和解するラストは、作品の大きな見どころです。怖さと感動が同居しているところが、オリジナル版らしい魅力でしょう。
2017年版はゲームの世界に入るアクションコメディ
一方、2017年公開の『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』では、ゲームの形式がテレビゲームに変わっています。主人公たちはゲームの世界へ吸い込まれ、普段の自分とは違うキャラクターの姿になって冒険します。
この設定が、1995年版とは違った面白さを生んでいます。ゲームの中で使える能力や、キャラクター同士の掛け合いが楽しく、コメディ色も強めです。
ドウェイン・ジョンソンやジャック・ブラックたちの演技も見どころですね。1995年版が不思議なゲームの怖さを強く感じさせる作品なのに対し、2017年版はアクションや笑いを楽しむ作品という印象です。
1995年版と2017年版を比較
| 比較項目 | 1995年版 | 2017年版 |
|---|---|---|
| 主な出演者 | ロビン・ウィリアムズ | ドウェイン・ジョンソン、ジャック・ブラックほか |
| ゲームの形式 | ボードゲーム | テレビゲーム |
| 冒険の舞台 | 現実世界 | ゲームの世界 |
| 作品の雰囲気 | 不気味さ、冒険、感動 | アクション、コメディ、冒険 |
| 人間ドラマ | 父親との関係、家族の絆 | 友情、自分自身への理解 |
| 怖さ | 身近な場所に危険が現れる | ゲーム世界の危険に立ち向かう |
| 魅力 | ロビン・ウィリアムズの演技 | 個性的なキャラクターの掛け合い |
2017年版は1995年版をそのまま作り直したリメイクではなく、世界観を引き継いだ続編にあたります。
やっぱりオリジナル版が好きという気持ちも分かる
共有されたXのリサーチメモでは、2017年版も面白いけれど、ロビン・ウィリアムズ版が一番好きだという感想が紹介されていました。その気持ちは、よく分かります。
1995年版には、少し不気味で、どこか懐かしい雰囲気があります。ゲームから何が飛び出すか分からない怖さに加えて、最後には家族の物語として感動できるところも魅力です。
またロビン・ウィリアムズの存在感は、やはり大きいですね。彼が演じるアランには、強さだけでなく、人間らしい弱さがあります。その弱さがあるからこそ、最後に幸せを取り戻す姿に心を動かされます。
一方2017年版の軽快なテンポやコメディが好きという人もいるでしょう。どちらが優れているかというより、楽しみたいものに合わせて選ぶとよさそうです。
父と息子の物語や少し怖い冒険を楽しみたいなら1995年版。明るいアクションや笑いを楽しみたいなら2017年版。同じ『ジュマンジ』でも、違った面白さがあります。
『ジュマンジ』をもう一度観たくなる細かな魅力
『ジュマンジ』は、あらすじや結末を知ってから観直しても楽しめる作品です。ゲームの太鼓の音や、靴工場の変化、登場人物たちの何気ないやり取りなど、初めて観たときには気づかなかった部分が見えてきます。
特に映画の序盤とラストを比べながら観ると、物語がきれいにつながっていることに気づけます。
太鼓の音が聞こえるだけでワクワクする
『ジュマンジ』といえば、あの太鼓の音も忘れられません。アランがゲームを見つけたときも、ジュディとピーターが屋根裏部屋で発見したときも、太鼓の音が聞こえていました。
不思議なのは、あの音が怖いのに少しワクワクすることです。何か危険なものがありそうなのに、つい音のする場所へ行きたくなってしまう。
そんな人間の好奇心が、ゲームの始まりにつながっています。しかも映画の最後でも同じ音が聞こえます。
あの音だけで、ゲームがまだ終わっていないことが伝わってくるんですよね。何も説明しなくても、観客に不気味な余韻を残せる演出だと思います。
ジェームズ・ホーナーの音楽が物語を盛り上げる
本作の音楽を担当しているのはジェームズ・ホーナーです。危険な動物たちが現れる場面では、音楽が緊張感を高めてくれます。
一方、アランと父親の関係を描く場面では、冒険のにぎやかさとは違った雰囲気があります。この音楽の使い分けも『ジュマンジ』の魅力です。
作品にはアクションもコメディもありますし、少し怖い場面や感動的な場面もあります。それぞれの雰囲気が違うのに、一本の映画として自然につながっているのは、音楽の力も大きいのでしょう。
再鑑賞するときは、映像だけでなく音楽にも少し耳を傾けてみると、また違った楽しさがありそうです。
靴工場の変化を見るとアランの人生がよく分かる
映画の序盤とラストを比べるなら、父親の靴工場にも注目したいところです。1969年の工場は、父親が大切にしている仕事の場所でした。
ところがアランが行方不明になったあとの1995年では、工場は閉鎖されています。父親が息子を探し続けていたことや、町の衰退も重なり、以前とはまったく違う場所になっていました。
でもゲームをクリアして時間が戻ったあとの1995年では、工場が存続しています。アランは父親と和解し、仕事を引き継ぎ、カールも工場で働いています。
こうして比べてみると、アランが家族のもとへ戻ったことは、周囲の人たちの人生にも影響しているんですね。一人の少年が帰ってきたことで、家族も、仕事も、町の未来も変わっていく。
そんなつながりが感じられるところも、ラストの温かさにつながっています。
ゲームを最後まで続けることにも意味がありそう
『ジュマンジ』では、一度始めたゲームを終わらせなければ、危険な出来事を元に戻せません。怖くても逃げたくても、サイコロを振り続ける必要があります。
このルールは、登場人物たちが過去の出来事と向き合う姿にも重なっているように思います。アランは父親との問題から逃げたいと思っていました。
サラは26年前の恐ろしい出来事を忘れようとしていました。ジュディとピーターも両親を失った悲しみを抱えています。そんな四人が、ゲームを終わらせるために協力します。
一人では怖くても、誰かと一緒なら少しずつ前へ進める。そう考えるとゲームのルールそのものが、登場人物たちの成長とつながっているように感じられます。
もちろん現実では危険なことから逃げた方がいい場合もあります。だからどんなことでも最後まで続けるべきだという意味ではないでしょう。
むしろ過去の失敗やつらい経験を一人で抱え込まず、周囲の人と向き合っていくことが描かれているのかもしれません。
映画『ジュマンジ』についてよくある疑問
1995年版『ジュマンジ』は、ゲームの仕組みや時間の巻き戻り方など、観終わったあとに少し気になる部分が残る映画です。物語の楽しさを優先しているため、細かな説明が省かれているところもあります。
ここでは結末や登場人物に関する疑問を整理しておきます。スマートフォンでは、気になる質問を開いて答えを読める形にしています。
- ロビン・ウィリアムズは『ジュマンジ』の公開時に何歳だった?
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ロビン・ウィリアムズは1951年7月21日生まれで、1995年の映画公開時には44歳でした。劇中では少年時代にゲームへ吸い込まれ、26年後に大人になって帰還するアランを演じています。少年時代のアランを演じたのはアダム・ハン=バードです。
- アランは本当に26年間ジャングルで暮らしていたの?
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映画の描写では、アランは1969年から1995年まで、26年間をゲームのジャングル世界で過ごしたことになっています。現実世界へ戻ったときには大人になっており、ジャングルで身につけた知識や生存能力も持っています。ただし、その26年間にどのような生活を送っていたのかは、詳しく描かれていません。その空白が、アランの孤独を想像させるところでもあります。
- ヴァン・ペルトはアランの父親なの?
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ヴァン・ペルトとアランの父親は、同じ俳優ジョナサン・ハイドが演じていますが、物語の中では別の人物です。父親がヴァン・ペルトに変身したという設定はありません。ただ、父親への恐怖を象徴する存在としてヴァン・ペルトを読み解くことはできます。
- アランとサラは最後に結婚したの?
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はい。映画のラストでは、アランとサラは結婚しています。さらにサラは第一子を妊娠しており、二人は新しい家族を迎えようとしています。26年間を失った二人が、ようやく一緒に未来を歩めるようになったことが分かる結末です。
- ジュディとピーターはアランとの冒険を覚えているの?
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ラストのジュディとピーターには、以前の時間の流れでアランたちと冒険した記憶がないように描かれています。一方アランとサラには記憶が残っています。ただし、なぜ記憶の残り方が違うのかについて、映画では細かく説明されていません。
- カールは最後にどうなったの?
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カールは少年アランが壊した靴の責任を負わされ、靴工場を解雇されました。しかしゲーム終了後の1969年でアランが真実を打ち明けたため、解雇される未来が変わります。新しい1995年では、カールは靴工場で働き続けています。
- 『ジュマンジ』の原作と映画は同じ内容?
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映画はクリス・ヴァン・オールズバーグが1981年に発表した絵本『ジュマンジ』を原作としています。不思議なボードゲームによってジャングルの危険が現実に現れるという設定は共通していますが、映画版では登場人物や人間ドラマが大きく膨らませられています。アランの26年間の失踪や父親との関係などは、映画ならではの魅力になっています。
- 1995年版を観ていなくても2017年版は楽しめる?
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2017年版は新しい主人公たちを中心に物語が進むため、1995年版を観ていなくても楽しめます。ただ、先にオリジナル版を観ておくと、『ジュマンジ』というゲームの不思議さや、シリーズの世界観をより楽しめると思います。
まとめ|『ジュマンジ』はロビン・ウィリアムズの温かさが心に残る映画
1995年公開の『ジュマンジ』は、不思議なボードゲームによって現実世界が大混乱に陥る、スリル満点の冒険映画です。ライオンやサイ、巨大な虫たちが次々と現れる展開は、今観てもワクワクします。
ただ、この映画が長く愛されている理由は、派手な冒険だけではないのでしょう。物語の中心には、26年間も家族と離れて過ごしたアランの孤独と、父親との関係を修復したいという願いがあります。
ロビン・ウィリアムズは、そんなアランの強さと弱さを、とても自然に演じています。ジャングルで生き延びた頼もしい大人でありながら、心の奥には父親に愛されたかった少年の気持ちが残っている。
その複雑な人物像があるからこそ、最後に父親へ抱きつく場面が強く心に残ります。また、靴工場のカールに関する伏線も、改めて観るとよくできています。
かつては父親に叱られることを恐れていたアランが、最後には自分の過ちを正直に打ち明けられるようになります。ただ時間が巻き戻ったのではなく、アラン自身が成長しているんですね。
さらにラストではサラと結婚し、新しい家族を迎えようとしています。かつて家族との時間を失った少年が、今度は自分自身の家庭を築こうとしている。そう考えると、あの結末は本当に温かいものだと感じます。
もちろん今の映像技術と比べれば古さを感じる場面もありますし、ゲームの仕組みがよく分からないところもあります。それでも笑いあり、恐怖あり、感動ありの冒険映画として、今でも十分に楽しめる作品です。
子どもの頃に観た人なら、懐かしさとともに、当時は気づかなかった家族の物語が見えてくるかもしれません。初めて観る人なら、予測できない冒険と、思いがけず感動するラストを楽しめるでしょう。
『ジュマンジ』は、ロビン・ウィリアムズの温かく人間味のある演技によって、奇想天外な冒険が心に残る家族の物語になった映画だと思います。
子どもの頃には怖かった映画が、大人になって観ると少し泣ける。そんなふうに観る時期によって違う魅力を感じられるところが、『ジュマンジ』の素敵なところですね。
